読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人間を叩きのめす

おれがクソ人間どもを叩きのめすまでに日々思ったことや考えたことをダラダラと綴る程度のブログ

20160705 - 声

 

2016年7月5日。

 

 今日は色々なことがあって疲れた、こうして日々疲れていく分人生が前向きになるといいのだけど。

 

 今日インターネットで本を読むときに頭の中で「声」が聞こえる人と聞こえない人がいることが判明 - GIGAZINEというやつを見てはじめて考えに至ったんだけど、みんなは自分の声が内なる声として聞こえているのかな?おれはいつも登場人物が勝手に話すしナレーションもその論調にあわせた声音で勝手に話すので物語を読むというよりは本を開きながら聞くという感じで、だからこそアニメ化やドラマ化されて声が当てられると「ここの台詞の感情と声が一致していないんじゃないか」とよく思うんだけど、みんなが言うアニメ化の際の「このキャラに声があっていない」っていうのは同じ感覚なのかな。ちょっと気になる。

 

 あと声といえば「電話では直接相手の声を聞いているのではなく、何通りかある声の中で一番相手に近いものが選ばれている」っていうのを稀によく聞くんだけど、それって音声をディジタル処理しているってことではなくて、本当に登録されている何通りかの声の中から相手に近い声を選んでいるのかな?だとしたらものすごい処理速度だ。おれはただディジタル化されてるだけだと思うけどね。それを他人の声というのならCDで聞く有名ミュージシャンの声だってサンプリング周波数に違いがあるというだけで他人の声じゃないか。こういうのは別の問題なのか??

 

 何が本当かどうかは分からないからちゃんと勉強して真理を見抜く目を持ちたい。まあそう言うと「少しくらい周りに流されて生きるのも楽しいものだよ」と盲目が怠惰だと思わない人間に筋違いなことを言われるんだけど。