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人間を叩きのめす

おれがクソ人間どもを叩きのめすまでに日々思ったことや考えたことをダラダラと綴る程度のブログ

時間、主に日付の捉え方と人間への支配に関する根源的欲求

 

2016年7月18日。

 

 タイトルに日付や年月を付さなくとも、どこかしらに記されているのであるから二重三重に手間をかけることもないと思ったのでやめることにした。

 

 生活リズムという面から見た時間に関して「夜○時以降の食事は身体に悪い」というものがあるが、電気に囲まれて暮らす人間の身体の何が朝と夜を区別しているのであろうか。日付というものは便宜上離散値を取らざるを得ないのであるが、そもそも時間というものが連続していることを考えると、生活リズムの異なる人間たちに対して「夜○時以降」と言うよりも、「起床から○○時間以降」「日光を浴びてから○時間以降」と言った方が、起点が同じになるのでより一般的であると思う。

 日付が変更になる時間帯はほとんど決まって起きているので、離散的なものとして扱われる日付にどうも馴染めていない感じがある。生まれてから既に20何年か経っているような気もするのに未だに慣れていない。

 

 あと書こうと思っていたのは「オタクが他人の頭を撫でようとすること」について。

 インターネットでは「オタクどもが女の子が頭を撫でられることに弱いとでも思っているのかしばしば頭を撫でようとする」というのをたまに目にするが、おれにも別の理由ではあるが老若男女問わず人間どもの頭を触ろうとする癖がある。

 一言で言えば「背景が見える」、少なからずだけど。頭がごつごつしていたり歪な人は成長過程において沢山何かしらが直撃した為だと思っているし、奔放に、もしくは殴ることさえ厭わずに育てられていそう。

 逆に頭頂が平らだとか幅が広い頭を持っている人は周囲からそれなりにしっかりと守られて生きてきたんだろうなと思う。

 あとはやっぱり人間の頭に手が触れているというのは単純に相手の全てを掌握しているような心地よさがある。もしくは動物を愛でる時の慈愛の心か。穏やかな心持には違いない。

 

 奇麗な髪の人にはあれこれ抜きで触り心地を試させて欲しくなるけどね。